夜の公園で……(ハッピーメール 1発目)
前回の記事で、ハッピーメールに登録した経緯を紹介した。
そしてアダルト掲示板という、性的関係を前提とした交渉の場は、それまで素人DTであり女性との交際経験のない私に多大なカルチャーショックをもたらした。
アダルト掲示板は目的に応じた複数のジャンルによって細分化されている。
「今すぐ会いたい」「大人の出会い」「大人の恋人関係」「刺激的な出会い」「大人のメール/TEL」「ミドルエイジ/シニア」「同性愛」「画像掲示板」……
私は「今すぐ会いたい」に投稿している、プロフィール画像が魅力的な、20代半ばの看護婦の女性に、ものの試しにとメッセージを送ってみた。
すると、PairsやTinderのまどろっこしいやりとりが嘘のように、とんとん拍子に話が進み、早速明日会いましょう、そして即座にホテルへ向かいましょうと、こちらの都合のいい方向へと事がまとまってゆく。
待ち合わせ場所は、風俗店が密集する、市内随一の歓楽街だ。治安も非常に悪い。
さすがにこれは怪しい。本人確認の意味を含めて、もしよければ電話で打ち合わせをしたい、とメッセージを送ると、それまで10分もかからずにかえってきていた返信が突然止まった。
都合のいい話には裏があるものだ。恐らく素人ではない、いわゆる「業者」だったのだろう。
つい最近も、マッチングアプリで知り合った女性と一緒に行ったバーで30万円というぼったくり金額を請求された挙げ句、暴行を受けた男性のことがニュースになっていた。一つ選択を間違えていたら、そのような事件に巻き込まれていたのだろうか。
しかし、それはそれとして、掲示板に募集を出している女性は、他にも無数にいる。この中に一掴みは私と同じような、純粋に自分の欲望を満たしたいユーザーもいるのではないか。そしてあわよくば、セックスフレンド(私が憧れつづけていた関係!)ができるのではないか。そんな甘い夢に溺れ、私は深夜まで定期的にハッピーメールにログインし、掲示板を凝視しつづけた。
すると、その中に野外もしくは公園のトイレで致しませんか、という募集があった。募集している女性は年齢が18~19歳になっていて、非常に若い。そして、何よりも募集しているエリアがちょうど私の生活圏内に被っている。
即座に返信をかえして、交渉をはじめる。話はやはりすぐにまとまって、わずか一時間後に私の家から自転車で5分ほどのコンビニで会おうという話になる、なってしまった。
私は急いで身支度を整えはじめた。この時ばかりはさすがに手が震えた。素人の女性を相手にするのも初めてだが、そもそも野外で致したことがない。大丈夫なのか? 体位は立ちバックなのか? 風俗で一回挑戦したときはうまくいかなかったが……レジャーシートを持っていった方がいいんだろうか? でも地べたにレジャーシートじゃさすがにきついだろうし……クッションも必要なのか? 前戯はどういう風にすればいいんだ? 万が一見つかった場合の逃走経路は?
頭のなかをいくつもの疑問符が踊る。くだらないが、真摯な疑問が。
本番ありの風俗は数回行っているとはいえ、そこでさえも人並みにセックスができているとは言い難い。いきなりハードルを高くしすぎじゃないのか? 相手もめちゃくちゃ若い。もしかしたら未成年じゃないのか? 後日突然親を名乗る人物からメールがきたり、早朝に警察が訪ねてきて、何もかも終わるのではないか? 様々な不安が頭を駆け巡る。こんな状態でそもそも勃つのだろうか……。
……結果的に私が女性と会うことはなかった。私から、いわゆるドタキャンをしてしまったためだと。それは野外でうまく行為をできる気がしなかったというのも大きいが、それ以上にキャンセルせざるを得ない深刻かつ情けない事情があった。つまり女性と致すにあたって提示されたものを私が用意することができなかったのである。
それは苺だ。
その苺は本来はコンビニで平日休日関係なく、24時間、いつでも準備できるはずなのだが、その時はなぜかどこのコンビニにいっても苺をおろせなかったのである。
原因は分からないが、それは一種の天啓であるようにも思った。このような後ろ暗いことはやめて、人の道に戻れと、神が私の歩むべき方向を、指し示しているかのようだった。
とにもかくにも、どうしても苺が用意できそうにないので、相手にもキャンセルの連絡をいれる他ないと思ったが、せこい私は、せめて相手の姿を一目見たいと思った。時間通りに行けば、相手がコンビニの近辺に現れるはずだ。それを遠目から観察すればいい。
……果たして相手は確かに現れた。コンビニの前ではなく、その隣の駐車場だったが。黒のパーカーを着て、ものすごい上げ底のブーツを履いた、大胆なショートパンツの髪の長い、たしかに若そうな女性だった。顔はマスクで半分隠れていて分からない。
私はその姿を見て、苺を授かれなかった運命を呪いながら、キャンセルを伝えるメールを打つ。てっきり口汚く罵られるかと思ったが、「わかりました」という簡単な返事がかえってくると、女性は姿を翻して去っていった。女性は徒歩だった。
私は女性を追うかどうか迷ったが、さすがに止めて、それよりも女性がどこの公園で致そうとしていたのか、現場を見ることにした。実に童貞らしい、陰湿で変態的な発想であることは自覚している。
この近辺で徒歩でいける公園は2つしかない。1つ目は、大通りを曲がって通路を直進すれば、すぐ隣に現れる、比較的大きな公園だ。すぐ近くにドン・キホーテがあって、深夜でも人が通りそうだ。……ここではないな。トイレもあるし、身を隠せそうな遊具もあるが、人に見つかる可能性が大きすぎる。
もう一つの公園へ向かってみる。大通りから通路へ入り、街頭もない暗く、寂しい通りを二回曲がって進むと、道沿いにぽっかりと開いた空間がある。街頭はたった一本しかなく、公園の奥は暗闇のなかに隠れている。公園の遊具は、滑り台があるだけで、他はちょっとした木立とベンチくらいしかない。トイレもない。
ぞっとするほど静かで、暗く、寂しい公園だった。
ここだ、間違いない。
それは閑静な住宅街のなかにぽっかりと開いた、奈落への入り口のようだった。
自分が暮らす日常の世界を一皮むいた先にある、おぞましいが、刺激に満ちた世界を覗き見たようだった。
私はコンビニで待っていた、あの若い女性の姿を思い出し、心底苺が用意できなかったのを後悔した。そしてあの女性の後を即座に追わなかった自分を根性なしと罵った。もう一度、あの女性の姿を見たいと思った。
とりあえず、ガラの悪そうな若者は大体ドン・キホーテに行くイメージが勝手にあるのでドン・キホーテに向かってみるとした。女性がいないとしても買い物をすればいい。クソ安い冷凍パスタでも買って帰ろう。
私は血眼になってドン・キホーテの店内をめぐったが、女性の姿を見つけることはできなかった。諦めて帰ろうと、買い物を終え、店外へ出て、自転車の鍵を外しているとき、あの女性がドン・キホーテの店内へ向かっていく姿が目にとまり、私は思わずフリーズした。まさか本当にこんなことがあるとは……今の時間まで近くのラーメン屋でやけ食いでもしてたんだろうか?
女性に遅れて、私は店内へ急いで向かった。女性はエレベーターで2階に向かっているところだった。私は階段にまわり、駆け足で2階へ向かった。しかし、探しても探しても女性の姿は見つからない。狐につままれたような気持ちで、呆然としていると、ふと気づいた。そういえばこのドン・キホーテの隣にはネットカフェがあり、2階から入ることができるのだ。
あの女性は、もしかしたらいわゆるネカフェ難民だったのかもしれない。
そう考えると、ハッピーメールで募集をしていた理由も自然と想像できる。
何らかの事情で家に帰れず、大人に頼れない彼女は、生活のために苺が必要なのだ。
時折、身寄りの若い女性がネットカフェで子供を出産し、どうしていいか分からず、子供を放置し、死なさせてしまうニュースを見ることがある。
自分が苺を準備できていた世界を思い浮かべてみる。
あの暗い公園で慣れない情事を不器用に行った挙げ句、もしかしたら未成年のネカフェ難民かもしれない女性が妊娠してしまい、ネカフェのトイレに血まみれの胎児を産み捨てる光景を……。
私は吐き気をこらえながら、自転車にまたがり帰路へついた。
一刻もはやくこの殺伐とした現実を忘れて、自分の部屋へ帰りたかった。
私は日常の裏側に潜む闇を垣間見たような気になっていた。
しかしそれは結局、自分が想像を膨らませて、そういったアンダーグラウンドの世界に触れたような気になっていたに過ぎない。
まさか、自分が当事者として巻き込まれることになるとは、この時は思ってもみなかった。
みんなもハッピーメールに登録して、ガンガン恋しちゃお♡
せ~の! \\ ハッピーメール、最高~~~~!!!!// (18禁だよ♡)